Bar 宵闇亭 【TRINSIC OF THE DEAD 2】 ~I'm in the Darkness~ FINAL 忍者ブログ
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❖トリンシック・トリビューン 2015年3月8日
 【潜伏していたテロ組織 ワクチンを狙い一斉蜂起】
  今日3月8日、市内に潜伏していたテロ組織が一斉に襲撃を開始し、隔離区画は一時大混乱に陥った。
  犯人たちはワクチンの護送に雇われた冒険者に紛れており、同じく任務にあたっていた冒険者が大量に犠牲となった。
  また、詳細は公表されていないが、騎士団の内部にも潜伏していたテロ組織の一員がいたとの情報もある。
  幸い対ゾンビ訓練を積んだ特務騎士の出動と、予備のワクチン散布により、事件は数十分ほどで鎮圧された。
  現在、確保されたテロ組織員たちは監獄に収監され、犯行の動機や組織の全貌について尋問を受けているとのこと。
  トリンシック騎士団は、まだ市内に残党がいないか安全確認の後、市内の封鎖を解除する。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 襲撃は、思った以上に上手くいった。
 仲間たちは見事に冒険者に紛れ込み、彼らを次々と感染させた。
 さすがにこの事態は予想していなかったのだろう、少数しか待機していなかった騎士団が対応に追われている間に、冒険者は一人残らず知性の失せた怪物と化した。
 この間、僅か数十分といったところか。
 これも騎士団の中に同士が居たお陰だ、彼女が内部情報を事細かに流してくれたからこそ、俺達は今日という日を迎えることができた。
 船便で届いたワクチンを護送する者は、もうどこにも居ない。
 記憶のままに美しい、太陽に照らされたトリンシック、そこに溢れる化け物の群れ、散乱する腐肉、絶え間なく響く呻きと悲鳴は、さながら地獄から響くオーケストラ、ああ!
 見るがいいこの有り様を! 俺が! 俺が! 俺が与えた!!
 なんて幸せな気分なんだ、笑いが止まらない、俺は今、かつてないほど眩しい場所に居る!!
 俺は歓喜の中で「アーサー」を探した、船に乗っていなかったのは計算違いだったが、陸路で町に入り、予備のワクチンを持って、今まさにここに向かっていると放送があった。
 ダメだろう、そんなこと。
 ワクチンなんか撒かせない、もうお前に明日は与えない、お前はここで、俺に目玉を抉られて、そして死ぬんだ、

「アアァァアサアアァァァア!!」

 荷馬を連れて慌ただしく走る一団、その中に忘れもしない金髪を見つけて、俺は叫んだ。
 全力で駆け寄る俺に、紫の目が見開かれる、もう何ヶ月も前と同じ光景、だが、「アーサー」はあの日のように立ち止まりはしなかった。
「────スペクター!!」
 初めて聴いた声、それと同時に、俺の体は横合いからふっ飛ばされる。
 バリケードをいくつもなぎ倒し、何度も転がってようやく止まった、目の端に映ったのは紫のマント、全身くまなくフルプレートで覆った騎士、その手には光を纏った長槍が構えられている。
「…………あ? ……あ、あ」
 フラフラと立ち上がろうとして、腹に大穴が開いているのを見てしまった。
 俺に愕然とする暇も与えず、騎士は重い鎧を着ているとは思えない動きで疾走った、続けざまに繰り出される槍さばき、速い、目で追えても体が追いつかない、必死に避けたつもりが、今度は片腕が大きく削がれて、皮一枚でだらりと垂れ下がる。
 変だ、体が重い、腹が、腕が、灼けつくようにジリジリとして、久々に感じるこの感覚、これは、
 ……痛みだ!
 俺は恐怖した、普通の人間のように、鋭い槍の穂先に怯えた。
 だめだ、まずい、あの若い聖騎士どもとは明らかにモノが違う、おそらくは聞き齧っていた特務騎士────もう出てきたのか!
 力の入らない体で後じさり、そのまま転ぶ、騎士は構わず追い打ちをかけようと地を蹴った、ちくしょう!
「深追いはするな、ワクチンを届けるのが先だ!」
「……承知」
 ピタリと動きを止める騎士、いささか残念そうな返事と共にマントが翻され、その向こうを駆け抜けていくあの男の姿が見えた。
「……あぁぁ、ま…って」
 行ってしまう。
 俺を一顧だにせず行ってしまう、遠ざかる背中、待ってくれ、俺を振り返ってくれ、俺に、尋ねてくれよ俺の名前を、
「……い、ぐ、なぁあ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”!!!」
 アーサー!!
 伸ばした手は、もちろん届かなかった。
 代わりに振り返った騎士が、置き土産のように金色の瓶を放り投げる。
 目の前で華のように砕けたガラスから、迸る一面の炎。
「~~~~~~~~~~ッ!!」
 俺の叫びは熱波に飲み込まれ、「アーサー」の背中は業火の向こうへ消えていった。

  
 
 重い体を、荷物のように引きずって歩く。
 槍で貫かれ、炎で焦がされた傷は、今や耐え難いほど傷んでいた、おかしい、いつまで経っても傷が塞がらない、それどころか炭化した場所からボロボロ崩れて、腹の穴がどんどん広がる有り様だ。
 俺が逃げ込んだのは、また忌々しくも懐かしい下水道だった、あれほど嫌だった暗がりに、自分から戻っていくなど皮肉が効いている。
 地上の喧騒も今は遠い、もう仲間はすべて制圧されてしまったろうか?

「やはり失敗したか」

「────誰だッ!!」
 闇の向こうで突然明かりが灯る、そこに照らされた二人分の人影に、俺は言葉を失った。
 一人は見知らぬ若い女、そしてもう一人は、
「随分とやられたみたいだな。その傷は、騎士魔法の付与武器か? どうやらなかなかの手練がいるようだね」
「……なんで……生きて……」
 薄汚れた黒いローブ、痩せこけた体つき、病的な姿に関わらず、そこだけは美しい声音。 
 レクイエムは面白そうに笑った。
「まったく酷いことをする、仮にも命の恩人の心臓を抉りだすなんて」
「生きてるはずが……」
「そうだね」
 レクイエムはローブを緩め、うっすらと傷の残る胸を見せた。

「お陰で、生えるのに10日もかかったよ」 

 自分でもわけがわからない叫びが漏れた、後先を考えずに飛びかかる、だがレクエイムに手が届く前に、奴らの足元から飛び出した何かが、一瞬で俺を締め上げていた。
「……悪いんだけど」
 耳元でシューシュー鳴る不快な音、昔一度だけ見たことがある、死霊術師の操る黒い毒蛇。
「さっさと用件を済ませてくれる? いつまでも船を待たせては怪しまれるし、何よりここは臭くて不快よ」
「ええ、申し訳ない。すぐに用意致します」
 冷ややかな目を向ける女に、レクイエムは大仰に腰を折った、そして傍にあった小型の樽を運んで俺の前に来る。
「正直、君には失望したよ。だが君の血肉には、まだまだ利用価値があるからね」
 骸骨めいた手が俺の腕を掴み、まるで紙切れのように毟り取った。
「な、あっ、あああぁああああ?!」
 痛みという意味でなら、腹の穴や焦げた皮膚のほうがよほど痛かった、だが、腕を、足を、いとも簡単にブチブチと千切られていくのは、とてつもない恐怖であり、衝撃だった。
 絶叫する俺を横に、レクイエムは脇の樽の大きさをチラリと確かめている、嘘だろう、やめてくれ、そんなこと考えたくもない、芋虫のようになった体をめちゃくちゃに捩り、俺は黒蛇の拘束から逃れようと足掻き狂う。
「無様ね」
 煩わしそうに顔を顰めた女が、指をパチリと鳴らす、それを合図にしたように、首に突き立てられた黒蛇の牙から、じわっと何かが広がるのがわかった、体の痛みと一緒に、あらゆる感覚が遠くなっていく。
「こんなモノの為に、あの悪趣味なお薬の改良を手伝ったわけじゃないわよ。次はもっと成果を見せなさい」
「仰せのとおりに、女公爵様」
 視点の合わなくなった目が、女の黒服の一部に抜いとられた紋章を見た、白地に嘶く青の馬、どこかで見覚えのある……
 脳が、ゆっくりと鈍くなる、俺は他のバカな感染者のように、うーうーと、あーあーと、呻き出すと止まらない、もう何も、考えられなくなって、
「そういえば、この彼が気になることを言っていました」
 レクイエムが、軽くなった俺を持ち上げて、樽の中にすっぽり収める。
「なんでもアーサー市長は、彼の知るアーサー=ログレスとは別人なのだそうです。どこかで戸籍を乗っ取ったに違いないと。……でもそうすると、本当の彼は一体誰なんでしょうね」
「……へぇ?」
 無関心な態度を崩さなかった女の顔に、初めて興味の色が浮いた。
「面白そうな話ね。少し調べてみようかしら」
「ええ、私も気になります」
 はみ出た俺の頭をぐいと押し込み、レクイエムは樽の蓋を持つ、やめてくれ、それを閉めないでくれ、暗いのは嫌なんだ、またあそこへ戻るのは嫌だ、許して、誰か誰か、なんでこんなことになったんだ、怖いよアーサー、俺はここだよ、昔みたいに、俺を助けて……
「そういえば結局、君の名前は聞けないままだったね。まぁ、別に構わないんだが」
 もう呂律も回らず、ヨダレを垂れ流して見上げる俺と、レクイエムの底なし沼のような目が合った。

「────おやすみ、名無し君(ネームレス

 慈悲深くすら見える微笑みを、分厚い蓋が遮っていく。
 ああ、あああ、いやだ、いやだいやだいやだ、もう、暗がりにいるのは、

      た  



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2016年8月7日(日)夜10時より
市政ストーン前集合
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